親子同時入院を支えてくれた登戸の看護師さん

障害を持っている弟が肺炎で病院に入院したときの話なんですが、僕の弟は体が細くて、なかなか血管が見つかりにくくて、何度も何度も注射針をさされているのが見ていてとても辛かったです。まだそれだけなら仕方がないと言って割り切れるんですが、ただでさえ、一般の医者は健常者とは少し違う障害者を担当することを嫌がる傾向があるのに、やって来た医師は見習い医師でした。

弟に注射しに来たときの話なんですが、緊張しすぎていたのか、注射した後、その傷口を抑えることもなくスッと退いて部屋から出て行った時は、いくらなんでも基本ができてなさすぎて頭にきました。そんな弟が入院している最中に、父親も同じ病院に癌と言うことで入院しました。つまり、同時に親子揃って重大な病気、疾患を患って入院したということになります。

父親が手術を終えてリハビリが始まった頃には、同じ病院内である弟の部屋にお見舞いに行くという、なかなか見られないレアなケースを見ました。父親は抗生物質がうまく合わずに、副作用で高熱と痙攣を起こして大変なことになっていましたが、それと同時に弟の症状も危ういものになってきて、もうなにをどうしてあげたらいいのかがわからなくて、私自身も心身が疲弊してしまいました。

結果としては、父親は回復傾向に向かったのですが、弟は去年20歳で静かに息を引き取りました。私の父親と弟が入院していた病院の1人の内科の先生が、障害者を積極的に受け入れて、リスクを背負う手術をしてくださる方がおり、その人とその他の看護師さんの方に囲まれて息をひきとった弟でしたが、弟はいつも笑顔絶やさずに人々に幸せを与えてきた存在で、そのお医者さんと他の看護師さんは業務中に泣いてはいけないと言う決まりがありながらも、涙をこらえきれずに泣いてくださったときには、弟も報われただろうなと思い、私自身も涙が溢れました。

しかし許せなかったのは、最後の最後にレントゲンを撮るために、背中にボードを入れるためレントゲンを撮る人が来たとき。
その人は病院の中でも人の気持ちがわからない、とても冷たい人と有名だった人で、危篤状態の弟の背中に無理矢理ボードをねじ込もうとしている姿を見たときは、怒りが爆発しそうでした。けれど、その他の人がよくしてくれたから、その人に対する怒りはだんだんと消えていきました。

この生活は、父を含めると 1ヵ月以上は続いた、大変辛かった時間でしたが、弟の病室を担当してくれた看護師さんが本当によくして下さり、感謝しています。小さなお子さんがいらっしゃるようで、復職したばかりだと仰っていました。<<看護師 求人 登戸>>
彼女がいてくれたからこそ何とかなったのだと思います。私も人を支えてあげられるような人間になりたいと思います。

親子同時入院を支えてくれた登戸の看護師さん